バイオ
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1941
東京都杉並区に生れる。
大田区に転居して久ヶ原小学校。大森十中。小山台高校。早稲田大学第一政経学部。
早稲田大学交響楽団在籍、クラリネット奏者。

1962
12月。小澤征爾の指揮で東京文化会館で「第九」演奏。
氏とは90年、斎藤記念オーケストラのヨーロッパ・ツアーに『エスクヮイア』誌の取材で同行し再会した。

1969
企画会社「アオキ・プラニング」設立。
渡辺貞夫、日野皓正、山下洋輔と交流してジャズ・コンサートを企画。

1972
FM東京に「渡辺貞夫マイ・ディア・ライフ」の企画を持ちこみレギュラー番組とする。構成担当。89年まで放送。

1973
スイスの「モントルー・ジャズ・フェスティバル」をFM東京に紹介し、これ以後毎年、特別番組の構成、DJ。

1974
山下洋輔トリオの初ヨーロッパ・ツアーにマネージャーで同行。
FM東京「ゴールデン・ライブ・ステージ」のDJ担当。89年まで。
『週刊FM』(音楽之友社)に「オフ・ビート」連載。
アフリカ、アルゼンチン、ブラジルを取材旅行。
『日本読書新聞』にコラム連載。

1975
『ジャズランド』にレコード評執筆。

1979
「モントルー・ジャズ・フェスティバル」で「ジャパン・トゥデイ」の1夜をプロデュース。鬼太鼓座出演。
ニューヨーク取材旅行。

1980
アルゼンチン。ブラジル。取材旅行。

1981
藤沢嵐子タンゴの本』(中南米音楽社)発刊。
地球はゴールデン・ライブ・ステージ』(冬樹社)発刊。
これは日本読書新聞の連載コラムに書下ろしを加筆したもの。

1982
朝日新聞「ポップス」欄のレギュラー執筆。85年まで。
月刊『ラティーナ』誌に「日本中南米音楽史」連載。

1983
日本テレビ「読響オーケストラ・ハウス」番組構成。89年まで。

1984
ジャマイカ、ブラジル、バハマ、インドネシア取材旅行。

1985
スイスのジャズ誌『JAZZ』に日本のジャズ特集号を執筆。
ブラジルのカーニバル取材(朝日新聞)。

1987
産経新聞に『青木誠の音楽探偵団』コラム連載。91年まで。
週刊『FMファン』(共同通信社)でレコード評担当。94年まで。
ブラジルに友人ジルベルト・ジルを訪ねる。

1988
日本テレビ「マウント富士ジャズ・フェスティバル」構成。94年まで。
インドネシア、タイ、マレーシア取材旅行。

1989
『インプレッション』(アメリカン・エキスプレス会報)に連載コラム。
ブラジル、インドネシア、タイ取材旅行。

1990
ザルツブルグ市で小澤征爾インタビュー(『エスクヮイア誌』)。
沖縄に喜納昌吉取材(『エスクヮイア誌』)。
月刊『アドリブ』誌(スイングジャーナル社)に連載インタビュー。
アセアン文化センター開設に当り「東南アジアポップス講座」講師。

1991
NHK「ほっとタイム」のDJはじまる。
ABCテレビの依頼で沖縄に照屋林助取材旅行。その際師匠から「コザ独立国東村山大使」を拝命する。
喜納昌吉『チャンプルー・ブック』(宝島刊)に執筆。

1992
ボブ・マーリィ/キャッチ・ア・ファイア』(音楽の友社)翻訳出版。
『エル・ジャポン』コラム連載。94年まで。
大阪21世紀協会で「東南アジアポップス講座」講師。
沖縄取材旅行。
NHK「ほっとタイム」のゲスト。渡辺貞夫。近藤等則。村松健。伊藤多喜雄。上々颱風。小野リサ。都はるみ。
12月。NHK特別番組「ポップスこの一年」構成、出演。

1993
『VOICE』(PHP研究所)。
『ブルータス』(マガジンハウス)執筆。
『FMファン』(共同通信社)に「青木誠のポコアポコ音楽談」連載。
沖縄取材旅行。
NHK「ほっとタイム」この年のゲスト、ディック・リー。加古隆。細野晴臣。日向敏文。小林靖宏ほか。
12月。NHK特別番組「ポップスこの一年」構成、出演。

1994
『アサヒグラフ』(朝日新聞社)。
『VOICE』(PHP研究所)。
『沖縄タイムス』執筆。
9月より週刊『エル・メディオ』(時事通信社)に連載コラム。これは11月休刊となる。
沖縄取材旅行。
NHK「音楽アラカルト(改称)」この年のゲスト、坂田明。ゴンチチ。河内家菊水丸。渡辺香津美ほか。
12月。NHK特別番組「ポップスこの一年」構成、出演。

1995
2月。『青木誠音楽の本 沖縄うたの旅』出版(PHP研究所)。
『GQ』(中央公論社)執筆。
『FMファン』誌に「この人とちょっと立話」連載。
10月より「週刊現代」に「EG探偵談」連載開始する。
NHK「音楽アラカルト」のゲストはEPO。照屋林助。大塚まさじ。早川義夫。
NHK「ポップスこの一年」構成、出演。

1996
1月。NHK「アジアの若者と音楽」構成、出演。
「週刊金曜日」に「新良幸人」と「細野晴臣」を執筆。
「横浜文化情報誌」(横浜市文化振興財団)に「鼓童」と「都はるみ」を執筆。
10月。『ぼくらのラテン・ミュージック』出版。
これは1982年の日本中南米音楽史に加筆したもの。リットーミュージック。
「鼓童」のシンポジウムで西江雅之氏とともにパネラーで講演。
NHK「音楽アラカルト」のゲストは岩崎宏美。中野律紀。ディアマンテス。照屋林賢。細野晴臣。
12月31日にNHK「元気いっぱいアジアのポップス」構成、出演。

1997
3月「ワイアード」誌に小室哲哉インタビュー掲載
3月「小説トリッパー」(朝日新聞社)に「音楽が聞こえる小説ベスト・コレクション/ジャズ篇」執筆。
3月4日。インターネット・ホームページ開設。
5月共同通信社に小室哲哉を執筆。およそ20紙のローカル新聞に掲載。
「週刊金曜日」の沖縄特集記事掲載。
「アサヒグラフ」に富田勲インタビュー掲載。
毎日新聞に「琉球フェスティバル」レポート掲載。
8月産経新聞コラムに細野晴臣と鼓童を掲載。
9月「ワイアード」誌に鈴木惣一郎、上野耕路、小野誠彦インタビュー掲載。

1998
1月。朝日新聞に「ロマニッシェス・カフェ」執筆。
3月。沖縄シュガーホールにはなしろ律子を聞きにいく。
ワイアードにセレーシャ、小林靖宏執筆。
「アサヒグラフ」に黎明、アルタン執筆。
6月。アサヒグラフの依頼で沖縄に普久原恒勇取材。
FMfan誌に細野晴臣、宮沢和史執筆。
5月。「大法輪」にソニー・ロリンズ執筆。
8月。「Muse」誌に茂山千之丞執筆。
9月。JAL機内誌「Winds」の依頼で沖縄にエイサー取材。
毎日新聞に「ディアマンテス」執筆。
HMV会報に坂本龍一インタビュー掲載。
10月14日。インターネットに地球ラジオ開設。
ターザンにコラム。
毎日新聞に小谷美紗子掲載。
FMfan誌に石野卓球インタビュー掲載。

1999
1月。JAL機内誌「Winds」に「沖縄エイサー」記事。
アイヌのOKI、推薦文。
ソニーファミラークラブにラテン紹介記事。
4月1日。インターネットに沖縄掲示板開設。
Yahoo誌の依頼で沖縄取材。
5月7日。普久原恒勇初東京ライブ。
東村山市市報向け原稿執筆。
「たま」、松居慶子、佐藤竹善のチラシに推薦文。
杉並区役所大工哲弘コンサートに推薦文。
ソニー「渡辺貞夫」にライナーノーツ。
毎日新聞にネーネーズ。ソウルフラワー。平安隆。
「沖縄JOHO」誌インターネット版に「沖縄音楽」執筆。
坂本龍一「LIFE」コンサート。
FMfanに坂本龍一評執筆。
11月。津軽三味線吉田兄弟インタビュー。

2000
毎日新聞に登川誠仁。神保彰執筆。
アサヒグラフに神保彰。東儀秀樹執筆。
4月。喜納昌吉東村山コンサートに推薦文。
FMfan誌に沢田研二インタビュー。
毎日新聞にどんと追悼日比谷野音コンサート紹介記事掲載。
8月15日。新装改訂版『沖縄うたの旅』出版。沖縄ボーダーインク社。
9月。沖縄取材。
毎日新聞に普久原恒勇新宿厚生年金コンサート紹介記事掲載。
ソニーファミリークラブ『沖縄島唄の世界』8枚組CDの監修、解説。
DCカード会報「ザ・カード」にKitaro執筆。
「レプリーク」誌に加古隆執筆。
沖縄掲示板」に「普久原恒勇のコンサートを満員にする会」結成。
11月12日普久原恒勇新宿厚生年金コンサート。
11月13日ローリー、渋谷タワーレコード地下ホールで公演。

2001
3月。産経新聞に普久原恒勇執筆。
6月。『ボブ・マーリィ/キャッチ・ア・ファイア』第6刷刊行。
毎日新聞に古謝美佐子、ソウルフラワーユニオン、上々颱風執筆。
JAL機内誌「ウィンズ」に古謝美佐子執筆。
WEB magazineに沖縄紹介記事執筆。
NHK「ラジオ深夜便」に沖縄のエッセイ執筆。
11月。宝塚公演パンフにエッセイ。
ソニーファミリークラブ会報に「ビートル・ジャズ」執筆。
登川誠仁CDに推薦文。

2002
3月。沖縄佐敷町シュガーホールコンサーの司会。
琉球新報にシュガーホールコンサート紹介記事。
4月。NHK第一放送「ミュージックボックス」改編。毎週木曜日担当に。
ウヨンタナCDに推薦文。
ソニーファミリークラブ会報にアトスラッド・ジルベルト執筆。
シングライクトーキング、コンサートプログラムに推薦文。
佐藤正美CDに推薦文。
5月。テレビ朝日、TBSテレビの各ニュースショウに元ちとせ紹介で出演。
毎日新聞にヤポネシア・ボールズ・ファウンデーション、元ちとせ執筆。
6月。朝日新聞に「島唄」のインタビュー。
CDジャーナルに元ちとせ執筆。
7月。琉球新報コラム「南風」連載スタート。


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